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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)180号 判決

大阪市北区天神橋2丁目5番28号

原告

株式会社加藤洋行

代表者代表取締役

小池清

訴訟代理人弁理士

亀井弘勝

稲岡耕作

渡辺隆文

神奈川県川崎市高津区坂戸100番1号

被告

株式会社キャディック・テクノロジー・サービス

代表者代表取締役

佐々木信義

訴訟代理人弁理士

山田文雄

同弁護士

山下英樹

同弁理士

山田洋資

主文

特許庁が、昭和63年審判第1468号事件について、平成4年7月9日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「ロウ模型用ワックス混合物」とする特許第1337304号発明の特許権者である。

上記発明(以下「本件発明」という。)は、昭和57年7月30日に出願され(特願昭57-133368号)、昭和60年12月23日に出願公告され(特公昭60-59065号)、昭和61年9月11日に設定の登録がされたものである。

原告は、昭和63年1月28日、本件特許につき無効審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第1468号事件として審理したうえ、平成4年7月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月20日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

ロストワックス鋳造に用いるロウ模型用ワックス混合物において、前記ワックス混合物は、ワックスとアスファルトと水と界面活性剤とを含み、均質に乳化されていることを特徴とするロウ模型用ワックス混合物。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、原告(請求人)が、昭和55年11月18日頒布の「精密鋳造セミナー資料」(1~5頁)、昭和56年1月20日発行の「ジャクトニュース」第289号(37-40頁)、同年2月発行の府瀬川健蔵「石油ワックスの進歩」(181-185頁)の各刊行物(審判事件甲第1~第3号証。本訴甲第3~第5号証に対応する。以下、順に、「引用例1」、「引用例2」、「引用例3」という。)を提出し、本件発明は、引用例1及び2記載の発明と同一であるか、引用例1~3記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと主張したのに対し、原告(請求人)が主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許を無効とすることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件発明の要旨の認定は認める。各引用例の記載内容の認定については、引用例2記載のパターン用ワックスがアスファルトを含むか否か不明であり、引用例2にはアスファルト及び界面活性剤に関する記載がなく、その効果も本件発明の効果と同一のものとはいえないとした部分(審決書5頁4~18行、7頁12~18行)を争い、その余は認め、本件発明の新規性、進歩性の判断を争う。

審決は、引用例2の記載内容の認定を誤り(取消事由1)、本件発明の進歩性の判断を誤り(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(引用例2の記載内容の認定の誤り)

審決は、「甲第2号証(注、引用例2)には、本件発明では含むアスフアルト及び界面活性剤に関する記載はなく、まして本件発明のようにこの両成分をも含むことにより、前述・・・の効果を得る点に関して示唆する事実も認められない。」(審決書5頁4~8行)、「請求人は、モンタンワツクスはアスフアルトを含むから、甲第2号証のパターン用ワツクスもアスフアルトを含むものである旨主張するが、そこでモンタンワツクスはアスフアルトを含むとする点は、ただ本件明細書の記載を根拠にそう主張するだけのものであり、また甲第2号証には、そこで用いるモンタンワツクスについての精製の有無、すなわちそれがアスフアルト等を除去したものであるか否か、等に関する何らの記載もない」(同5頁9~17行)としたが、誤りである。

モンタンワックスがアスファルトを含んでいることは、本件訂正明細書(甲第2号証の2)中にも明示され、引用例3(甲第5号証)にも、モンタンワックスの一般性状としてアスファルトが含まれることが明示されており(同号証212頁)、このことは、当業者間には周知のことである。

東独国内で発行された「ROMONTA」と題するカタログ(甲第6号証)には、精密鋳造用のモンタンワックスの成分の一つであるモンタンワックスROMONTAがアスファルト成分を含有していることが明記されている(同号証原文10頁左欄20~26行、部分訳〈2〉)。

さらに、1963年発行の「INDUSTRIAL WAXES」(甲第9号証)には、モンタンワックスの組成に関する記載があり、そこには、モンタンワックスが未精製、精製を問わず、不溶解物質としてアスファルトを含有すること、未精製モンタンワックスや、未精製モンタンワックスから精製されたワックスのいずれもが鋳造用ワックスとして用いられていたことが明記されている(同号証原文118、120及び122頁、部分訳〈1〉~〈3〉)。

この事実からすると、引用例2記載のパターン用ワックスがアスファルトを含むか否か不明であるとした審決の認定は誤りである。

2  取消事由2(進歩性の判断の誤り)

審決が述べるとおり、本件明細書には、本件発明は、その要旨とする構成により、「〈1〉これを用いたロウ模型の寸法精度を改善し、その機械的強度を上げ、〈2〉ワツクスの節約ができる、等の効果を得ているほか、その界面活性剤の存在により、〈3〉『ワツクス混合物は濡れ性が改善され気泡混入が無くなるので金型からロウ模型を作るときの寸法精度は良くなり、ロウ模型の表面は滑らかになる。さらに、ロウ模型から鋳型を作るときにも、鋳型は寸法精度が良く、滑らかなものになる。』という効果も得られる」(審決書3頁13行~4頁2行)旨が記載されている。

また、審決の述べるとおり、引用例3の記載内容によれば、「ワツクスと水とを含む混合物を乳化するためには、通常、乳化剤(界面活性剤)が使用されるものと認められる」(同6頁8~10行)ところ、引用例2記載のパターン用ワックスは、「成分としてワツクスと水とを含むものであるから」(同6頁12~13行)、この「両成分を乳化する上で、その構成上適当な界面活性剤を添加すること自体、当業者であれば容易に思い付くものと認められる」(同6頁20行~7頁3行)ものである。

にもかかわらず、審決は、本件発明の前示効果〈1〉~〈3〉の点につき、「甲第3号証(注、引用例3)に記載の事実を甲第2号証(注、引用例2)に記載の技術と併せみても、本件発明におけるそれらの点に関して示唆する事実は認められない」(審決書7頁9~11行)とした。

しかし、引用例2には、引用例2記載のパターン用ワックスを用いた効果として、厳しい寸法精度が得られること、優れた鋳肌表面を有すること、高度な機能的デザインが発揮できることが記載されており、この効果は、表現上の差こそあれ、本件発明の上記効果〈1〉、〈2〉と実質的に共通する。

そして、本件発明の上記効果〈3〉は、界面活性剤を用いることにより奏される効果であり、ワックスと水を乳化するために界面活性剤を用いることは、審決も認めているとおり、当業者が容易に思い付くことであるから、その効果も、当業者が当然予測できる程度のものにすぎない。

したがって、審決の上記進歩性についての判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

モンタンワックスはアスファルトを含むとする原告の主張は、天然のモンタンワックスと、鋳造用に精製した後のワックスとを混同したものであり、全く見当違いの主張というべきである。

本件明細書において説明しているように、天然のモンタンワックスは樹脂やアスファルトなどの不純物を含んでいるため、このままでは鋳造用ワックスとして用いることができない。すなわち、模型の型にワックスを注入する前にワックスは一定温度(80~90℃)に保持する必要があるが、この間にアスファルトや樹脂などのうち高融点の成分が凝固して沈殿し、これが模型の寸法精度の低下を招いたり強度を低下させたりするからである。また、この沈殿物が凝固して塊になると、この塊が模型の射出成形時にワックス通路に詰まり、射出成形装置を傷めるという問題も生ずるからである。そこで、従来から、鋳造用としては天然のモンタンワックスを精製して純ワックスとして使用しているのである。

このように、天然のモンタンワックスを鋳造用に用いる場合には精製して不純物を除去することは当然のことであり、このことは当業者には周知の事項である。

引用例1及び2に記載のモンタンワックスは、鋳造用のものである以上、当然にこの精製済みのモンタンワックスを意味する。また、引用例3には、モンタンワックスがアスファルトを含む旨の記載があるが、これは、天然のモンタンワックスに関する記載であって、天然のモンタンワックスならアスファルトなどの不純物を含むことは当然のことである。したがって、審決の当否に何ら影響を及ぼすものではない。

2  取消事由2について

引用例1にはモンタンワックスを水溶性混合物にすることが、また、引用例2には含水物にすることが示されている。しかし、これらの記載が直ちにモンタンワックスに界面活性剤を加える構成を意味するものではない。

引用例1及び2には、「モンタンワックス、モンタンレジン、パラフィン」などからなる水溶性混合物と記載され、パラフィンを含むことが明確にされている。このパラフィンを含むワックスは、本件発明に用いるワックスとは異なり、元々アスファルトや樹脂などの溶解性が良いものであるから、界面活性剤を付加する必要のないものである。

前記のとおり、引用例1及び2におけるモンタンワックスは鋳造用に精製されたものでアスファルトを含まないと考えられる以上、これにたとえ界面活性剤を加えて水溶性混合物あるいは含水物にしたところで、本件発明のワックス混合物を構成することはできない。

また、引用例1及び2には、水溶性混合物とすることにより得られる効果が示されているが、本件発明における特有な効果を欠くものである。すなわち、本件発明は、アスファルトを含ませることにより、これを乳化分散させてフィラーとしての役割を持たせ、機械強度を向上させ、ワックスの使用量を減らせるというアスファルトの添加による特有の効果を有し、また、精製していない安価なモンタンワックスの使用も可能にし、大幅なコスト低下も可能にするという極めて優れた効果を有するものである。

このように、本件発明は、鋳造用のワックスにアスファルトを含ませるという従来予想さえできない構成を可能にするものである。

したがって、本件発明が引用例1~3に基づき容易に推考されるものということはできない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

甲第3号証の原本の存在及び成立、甲第6~第8号証を除くその余の甲号各証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(引用例2の記載内容の認定の誤り)について

引用例2に、審決認定のとおり、引用例2記載の「パターン用ワックスは原材料として、モンタンワックス、モンタンレジン、パラフィンなどからなる含水物である。」(審決書4頁10~12行)と記載されていることは、当事者間に争いがない。

審決は、引用例2には、上記モンタンワックスについて、「精製の有無、すなわちそれがアスフアルト等を除去したものであるか否か、等に関する何らの記載もない」(同5頁15~17行)ことを理由に、上記モンタンワックスがアスファルトを含むものということはできないと認定している。

しかし、引用例3(甲第5号証)には、「鉱物係ワックス」の項に、モンタンワックスは、「東独やカリフォルニアに産するリグナイト又は褐炭より抽出される」(同号証212頁3行)もので、代表的モンタンワックスの性状として、アスファルト分を12.oWt%含むものであることが記載されている。

また、古く1963年発行の「INDUSTRIAL WAXES」(甲第9号証)には、「モンタンワックスは溶剤により大雑把にいわゆる樹脂、ワックス及びアスファルトに分別される。還流イソプロピールアルコールによる未精製モンタンワックスに対する徹底的な抽出によっても7~12%の不溶解物質が残る。この不溶解物質はアスファルトと称されている。」(同号証原文118頁31~34行、部分訳〈1〉)、「ヨーロッパにおいて、モンタンワックスは工業上使用されるワックスとして最も重要なものとして注目されていた。未精製モンタンワックスは色を重要視しない場合、カルナバワックスに代る経済的な安価なワックスとして使用されていた。・・・Hoechst(ヘキスト)やAlpcoタイプのようにモンタンワックスから精製されたワックスは、正確に使用するならばほとんど全ての適用についてカルナバワックスにとって代われるものである。」(同原文122頁下から7~1行、部分訳〈3〉)、「未精製モンタンワックスと精製モンタンワックスの両方ともに工業上次のような用途がある:カーボンペーパーインク、・・・インベストメントキャスティング、・・・キャスティングワックス。」(同原文123頁1~9行、部分訳〈4〉)との記載がある。

これらの記載によれば、モンタンワックスは、精製されたものであっても7~12%の不溶解物質であるアスファルトを含有し、精製、未精製のいかんによらずロウ模型用ワックス混合物に用いられることが、本件特許出願前に周知の技術常識であったことが認められる。

この事実によれば、引用例2記載のパターン用ワックスの成分の一つである「モンタンワックス」が、その精製の有無、程度により、アスファルト含量において差異があるとしても、アスファルトを含むものであることは明らかであるといわなければならない。

この点について、本件明細書(甲第2号証の2)には、「従来、ロウ模型用ワツクス混合物としてはモンタンワツクスが多く用いられている。しかし天然のモンタンワックスは、純ワツクス以外に樹脂やアスフアルトを含むため、熱伝導率(原文の「伝動率」は、「伝導率」の誤記と認める。)が小さく凝固時間が長くなる。・・・また、・・・ロウ模型に面引けや寸法の狂いを生じたり強度が低下することがあった。このため従来、モンタンワツクスから樹脂やアスフアルトなどを取り除かなければならないという不都合があつた。」(同2頁左欄15~25行)、「この発明はこのような不都合に鑑みなされたもので、・・・アスフアルトを含む天然モンタンワツクスもアスフアルトなどの不純物を除去することなく使用できるようにしたロウ模型用ワツクス混合物を提供することを目的とするものである。」(同2頁左欄26~32行)と記載されている。

すなわち、この記載によれば、アスファルトを含むモンタンワックスがロウ模型用ワックス混合物として用いられていたことは、本件発明者も、本件出願前周知の事項として認識し、これを前提にして、本件発明に至ったものであることは、十分に理解できるところである。したがって、前示本件発明の要旨に示される構成につき、その進歩性を判断するに当たっては、ロウ模型用ワックス混合物の成分であるモンタンワックスがワックスとアスファルトとを含むという周知の技術事項を前提にして、本件発明の容易推考性、効果の顕著性を判断すれば足り、そもそも、引用例2記載のモンタンワックスがアスファルトを含むものであるかどうかは、論点として取り上げる必要もなかったことは明らかというべきである。

審決は、取り上げる必要のない点を論点として取り上げたうえ、原告(請求人)の主張を、「モンタンワツクスはアスフアルトを含むとする点は、ただ本件明細書の記載を根拠にそう主張するだけのものであり」(審決書5頁12~14行)として、何らの根拠を示さずに、本件明細書の記載を無視し、加えて、上記のとおり、この点についての認定をも誤ったものであって、審決の認定を正当とする被告の主張ともども、誤りというほかはない。

2  取消事由2(進歩性の判断の誤り)について

(1)  本件発明の要旨が、「ロストワックス鋳造に用いるロウ模型用ワックス混合物において、前記ワックス混合物は、ワックスとアスフアルトと水と界面活性剤とを含み、均質に乳化されていることを特徴とするロウ模型用ワックス混合物。」であること、引用例2記載のパターン用ワックスが、審決認定のとおり、「原材料として、モンタンワックス、モンタンレジン、パラフインなどからなる含水物である」(審決書4頁10~12行)ことは、いずれも当事者間に争いがない。

この両者を対比すると、モンタンワックスがワックスとアスファルトを含むことは前示のとおりであるから、両者は、ワックスとアスファルトと水とを含むワックス混合物である点で一致し、本件発明は、さらに、界面活性剤を含み、均質に乳化されている点で、引用例2記載のワックス混合物と相違するものであることは、明らかである。

そして、引用例3(甲第5号証)に記載されているとおり、「互いに混じり合わない液体を混合することを乳化といいその状態をエマルジョンという。大抵一方は水、他方は油が多い」(同号証181頁下から9~7行)のであり、このように互いに混じり合わない「ワツクスと水とを含む混合物を乳化するためには、通常、乳化剤(界面活性剤)が使用されることが、引用例3に記載されていることは、審決認定のとおり(同6頁8~10行)である。そうである以上、引用例2記載のワックス混合物におけるワックスと水という「両成分を乳化する上で、その構成上適当な界面活性剤を添加すること自体、当業者であれば容易に思い付くもの」(審決書6頁20行~7頁3行)であることは、審決の述べるとおりと認められる。すなわち、本件発明の構成は、引用例2及び3から、当業者であれば、容易に想到できたものと認められる。

この点に関し、被告は、引用例2記載のワックス混合物はパラフィンを含むものであり、このパラフィンを含むワックスは、本件発明に用いるワックスとは異なり、元々アスファルトや樹脂などの溶解性が良いものであるから、界面活性剤を付加する必要のないものであると主張する。

しかし、引用例3(甲第5号証)には、パラフィンワックスにステアリン酸とトリエタノールアミンが乳化剤として使用された例が記載されており(同号証184頁4~13行)、このように、パラフィンを含むワックスでも乳化剤を必要としていたのが従来のワックスエマルジョン(乳化剤多量型)であるが、最近では、高性能の乳化機を使用することにより、乳化剤を極力少なくする技術の開発が進められている(同185頁6~18行)ことが記載されており、この記載からすれば、パラフィンを含むワックスであるから界面活性剤を不要とするとは直ちに認めることはできず、被告の上記主張は採用することができない。

(2)  本件発明は、審決認定のとおり、その要旨とする構成により、「〈1〉これを用いたロウ模型の寸法精度を改善し、その機械的強度を上げ、〈2〉ワツクスの節約ができる、等の効果を得ているほか、その界面活性剤の存在により、〈3〉「ワツクス混合物は濡れ性が改善され気泡混入が無くなるので金型からロウ模型を作るときの寸法精度は良くなり、ロウ模型の表面は滑らかになる。さらに、ロウ模型から鋳型を作るときにも、鋳型は寸法精度が良く、滑らかなものになる。』という効果も得られる」(審決書3頁13行~4頁2行)ものであることは、当事者間に争いがない。

一方、引用例2(甲第4号証)には、引用例2記載のワックス混合物により、「強固で、しかも精度の高い、優れた表面品質を有したワックスパターンが作成できる」(同号証37頁4列目19~22行)ことが記載され、これをインベストメント鋳造用に使用した場合、厳しい寸法精度が得られる、優れた鋳肌表面を有する、高度な機能的デザインが発揮できるとの効果を有すること(同37頁3列目3~13行)が認められ、この効果は、本件発明の上記効果〈1〉に相当することが明らかである。

本件発明の効果〈2〉は、本件明細書(甲第2号証の2)に、「樹脂やアスフアルトを除去しないでフイラーとして用いるので、ワツクスの節約ができるという効果もある。」(同2頁右欄21~23行)と記載されているように、樹脂やアスファルトを除去しないことに由来する効果であり、引用例2記載のワックス混合物から当然に予測できる効果と認められる。

本件発明の効果〈3〉は、審決も認定するとおり、界面活性剤を用いた効果であるが、引用例3(甲第5号証)には、「乳化剤は親水基と親油基両者を一分子中にもつものでその各々の基の性状により各種の乳化剤が考えられる。この親水性と親油性の比をHydrophile-Lip-ophile Balance(HLB)という。エマルジョンの用途によりこのHLBを変えなければならない。即ちHLBは消泡作用には1~3、湿潤作用には7~9、W/O型乳化には3~6、O/W型乳化には7~18、洗浄作用には13~15、可溶化作用には14~18が目安である。」(同182頁1~6行)との記載があり、これによれば、「消泡作用」からは気泡混入がなくなることが、また、「湿潤作用」からは濡れ性の改善がうかがえるから、本件発明の界面活性剤を含むことによる効果〈3〉の濡れ性及び気泡混入については、ワックスと水の混和に界面活性剤からなる乳化剤を用いた場合、当然に予想される効果ということができる。

そして、濡れ性が改善されることにより、金型からロウ模型を作るときの寸法精度は良くなり、ロウ模型の表面は滑らかになること、さらに、ロウ模型から鋳型を作るときにも、鋳型の寸法精度が良く、滑らかなものになることは当然の帰結であって、ことさら新しい効果とは考えられない。

したがって、審決が、本件発明の効果〈1〉~〈3〉の点につき、「甲第3号証(注、引用例3)に記載の事実を甲第2号証(注、引用例2)に記載の技術と併せみても、本件発明におけるそれらの点に関して示唆する事実は認められない」(審決書7頁9~11行)としたことは誤りである。

以上の事実によれば、本件発明は、引用例2及び3に記載されたところから、当業者が容易に発明をすることができたものというべきであり、審決の結論もまた、誤りというほかはない。

3  以上によれば、原告主張の取消事由は理由があり、審決は、違法として取消しを免れない。

よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

昭和63年審判第1468号

審決

大阪市北区天神橋2丁目5番28号

請求人 株式会社 加藤洋行

大阪府大阪市中央区西心斎橋2丁目2番3号 第三松豊ビル4階 あい特許事務所

代理人弁理士 亀井弘勝

大阪府大阪市中央区西心斎橋2丁目2番3号 第三松豊ビル4階 あい特許事務所

代理人弁理士 渡邊隆文

東京都千代田区紀尾井町4番1号

被請求人 株式会社キャディックテクノロジーサービス

東京都港区赤坂8-10-36 ビラ・ピネード102 山田内外特許事務所

代理人弁理士 山田文雄

東京都港区西新橋1丁目6番21号 大和銀行虎ノ門ビル4階 飯島山田法律特許事務所

代理人弁理士 飯島澄雄

上記当事者間の特許第1337304号発明「ロウ模型用ワックス混合物」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

1.本件特許第1337304号発明(以下、この特許及び特許発明を、それぞれ「本件特許」及び「本件発明」という)は、昭和57年7月30日の出願に係り、特公昭60-59065号公報として出願公告された後、昭和61年9月11日に設定の登録がなされたものである。

2.そして、本件特許の明細書(以下、「本件明細書」という)については、訂正の審判(昭和63年審判第22795号-審決日、平成3年4月18日-)により訂正された。

これによれば、本件発明の要旨は、その「特許請求の範囲」の欄の第1番目に記載のとおりの「ロストワツクス鋳造に用いるロウ模型用ワツクス混合物において、前記ワツクス混合物は、ワックスとアスフアルトと水と界面活性剤とを含み、均質に乳化されていることを特徴とするロウ襖型用ワツクス混合物。」

にあるものと認められる。

3.これに対して、請求人は、甲第1~3号証を提示し、本件特許は、特許法第29条第1項第3号又は同法同条第2項の規定に違反してなされたものであるから(以下、「無効理由」という)、無効にされるべきである旨主張し、対して被請求人は、請求人が主張する無効理由には理由がない旨主張している。

4.そこで、以下、その無効理由の有無について検討する。

(1) 本件明細書の記載によると、本件発明では、前掲その要旨とする構成、就中、ワックス混合物の成分としてアスフアルト及び界面活性剤をも含み、このアスフアルトが界面活性剤により水と乳化されている点等により、〈1〉これを用いたロウ模型の寸法精度を改善し、その機械的強度を上げ、〈2〉ワツクスの節約ができる、等の効果を得ているほか、その界面活性剤の存在により、〈3〉「ワツクス混合物は濡れ性が改善され気泡混入が無くなるので金型からロウ模型を作るときの寸法精度は良くなり、ロウ模型の表面は滑らかになる。さらに、ロウ模型から鋳型を作るときにも、鋳型は寸法精度が良く、滑らかなものになる。」という効果も得られるというものである。

(2) これに対して、甲第1号証(「ジヤクトニコース」第289号(昭56-1-20)(社)鋳造技術普及協会 P.37-40)には、「東独におけるインベストメント鋳造法」と題するHeinz Dausel氏の講演内容と質疑応答が紹介され、このうち請求人が指摘する部分(P.37最右欄第8~22行)には、次の記載が認められる、

「パターン用ワックスは原材料として.モンタンワックス、モンタンレジン、パラフインなどからなる含水物である。脱ろう後、このワックスは再生することができ、これに少量のパージンワックスを添加することによって再び使用できる、このワックスは、・・・成型され、強固で、しかも精度の高い、優れた表面品質を有したワックスパターンが作成できる。」

(3) そこで本件発明をこの技術と対比すると、この技術でのパターン用ワツクスは、そのように「原材料としてモンタンワックス モンタンレジン、パラフインなどからなる含水物である」というのであるから、本件発明とはそれがワツクスと水とを含む点では共通している。

しかし甲第2号証には、本件発明では含むアスフアルト及び界面活性剤に関する記載はなく、まして本件発明のようにこの両成分をも含むことにより、前述「(1)の〈1〉~〈3〉」の効果を得る点に関して示唆する事実も認められない。

(4) 請求人は、モンタンワツクスはアスフアルトを含むから.甲第2号証のパターン用ワツクスもアスフアルトを含むものである旨主張するが、そこでモンタンワツクスはアスフアルトを含むとする点は、ただ本件明線書の記載を根拠にそう主張するだけのものであり.また甲第2号証には、そこで用いるモンタンワツクスについての精製の有無、すなわちそれがアスフアルト等を除去したものであるか否か、等に関する何らの記載もないから、請求人の上記主張は採用できない。

(5) 次に、甲第3号証(府瀬川健蔵「石油ワツクスの進歩」(昭56-2)日本精蝋(株)P.181-185)には、〈1〉エマルジヨンには水中油型と油中水型との2種類があり、その油に代えて常温固形のワツクスも使用されること(P181下方)、〈2〉エマルジヨンとするには一般に乳化剤を使用すること(P.181下方)、〈3〉ワツクス、乳化剤、水等を含むエマルジヨンの例(P.183-185)、等が記載されており、これによれば、ワツクスと水とを含む混合物を乳化するためには、通常、乳化剤(界面活性剤)が使用されるものと認められる。

(6) そして甲第2号証に記載のパターン用ワツクスは、前述「(2)」のとおり、その成分としてワツクスと水とを含むものであるから、そこで界面活性剤を添加している可能性はあるが(甲第3号証の記載事実如何にかかわらず、水と油(含、ワツクス)を乳化する場合、両者の量的割合、分散相粒子の粒径、使用する乳化機の性能、エマルジヨン化後の所定用途への使用時期、等如何により、必ずしも乳化剤を必要としない場合もありうる)、そうでなくとも、甲第2号証における両成分を乳化する上で、その構成上適当な界面活性剤を添加すること自体、当業者であれば容易に思い付くものと認められる。

しかし、本件発明では、そのワツクス混合物中現に界面活性剤を含むことそれ自体により、前述「(1)の〈3〉」の効果を得ているほか、その混合物中さらにアスフアルトをも含むことにより、前述「(1)の〈1〉~〈2〉」の効果を得るものであるところ、甲第3号証に記載の事実を甲第2号証に記載の技術と併せみても、本件発明におけるそれらの点に関して示唆する事実は認められない。

なお、甲第2号証には「・・・強固で、しかも精度の高い、優れた裏面品質を有したワツクスパターンが作成できる。」(前掲「(2)」参照)とあるが、これはただそのように一般的にそう云うのみであり、これが本件発明における効果、就中、前述「(1)の〈1〉~〈3〉」の効果と同一のものとは云えない。

(7) また、甲第1号証(「精密鋳造セミナー資料」(昭55-11-18)(社)鋳造技術普及協会P.1-5)は、その記載内容上、甲第2号証のそれと同一のもの(一部述語等が異なるだけである)であるから、これは、本件発明との関連上、以上甲第2号証の場合と同趣旨のものである。(8)以上のとおりであるから、本件発明に、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明であるとは云えず、またこれら甲号証及び甲第3号証に記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができた発明であるとも云えない。

5.したがって、請求人が主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年7月9日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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